家づくりへの情熱

2015/01/19

【住宅】『テレビのCM』が変わります

22歳で無名私立大学の『ドイツ語科』を卒業して、2年間だけ会社に勤めて『24歳で独立』しました。39年前の話ですから、今の私の年齢は63歳ですね。2年働いた建設関連(内装業)の会社は社員1名でした。しかし私が入社するとすぐに辞めてしまいましたから、社員は私だけになってしまいました。

 

しかし2年間だけの約束で就職しましたから、きっちりと2年後に一人で独立をしてしまいました。それは全て高給取りの父の収入をあてにしての計画だったのですが、父は49歳で翌年に他界してしまいましたから、もうお先真暗ですね。仕方なく『建設現場』の肉体労働をして一家7人の生活を私一人の稼ぎで支えました。昨日のことのように覚えていますが、もう39年経ってしまったんですね。

 

おそらくこれが私の人生での一番の苦労だったはずなのですが、今になってみると懐かしい思い出です。1週間先の収入の見込みもない生活苦の中で『私の根性』は凄く鍛えられました。それは家族の生活費はお客様からいただくお金以外にはありませんね。家族の生活はお客様のお陰ですから、それから39年間ずっとお客様への感謝を忘れたことはありません。今650人の社員さんへの毎月の給料袋には『お客様からのお給料』と大きく印刷されていますが、お客様第一は念仏でなく本当に助けていただいたので、私の根性にしっかりと根づきました。

 

もう1つの根性は取引先を大切にする、信用や信頼ですね。取引先を絶対に裏切らないこと。一日でも一円でも支払の約束は必ず守るということを根性にたたき込みました。まあ39年間、この『2つの根性』だけで生きてきたと言っても言い過ぎではない『私の人生』となっています。

 

さてその後の一番の苦労は、やはり45歳頃でしょうか、悪い人達(反社会的勢力)との戦いでしたね。三重県警に捜査本部が設置される程の大きな経済事件でした。私は何十億円の被害を受けましたが、正義感の強い私は最後まで戦って刑事事件の裁判で実刑3年で悪いやつを刑務所にほうり込んでしまいました。世の中にはやはり悪いやつもいますから、正しく生きるということは、時には死ぬ気で『戦う覚悟』が必要ですね。本当に勉強になりました。

 

さてしかし一番の苦労は何だったんですか…?と聞かれますと、それはやはり9年前に名古屋へ出たことでしょうか。54歳で一旦退社して社員2人と私と3人で名古屋で『介護看護医療』の『高齢者住宅』を始めました。今は介護だけで500人くらいになりましたが、『3人の会社』はなかなか苦しいものです。何が苦労だと言えば『人・物・金』です。全部ありませんでした。毎月4,500万円ずつの赤字です。合計11億円はお金を捨ててしまいました。人は1,000人は入っては辞めていきました。高齢者住宅の商品も厚労省さんの法律がコロコロ変わりますから商売になりませんね。人生最大の苦労でした。あれから9年が経って今は大成功(?)ですね(東海三県第1位。サ高住受注残50億円。土地活用セミナー年50回・グループ受注180億円・社員650人)。

 

さてやっと『本題』です。9年間の名古屋での苦労を救ってくれたのは、それは『テレビCM』だったのです。テーマソングがいいんですね。名古屋の人もみんな知っているんですね。私などがお客様に挨拶に行くと、『あっ、あの会社ね』と言ってもらえます。名古屋に出て苦節9年。テレビCMのお陰でやっと少し楽になりました。『テレビCM』に感謝感謝ですね。

 

さてそのCMソングに『ラッキィ池田さん』が振り付けをしてすごく変わりました。お客様のお子様達が9人や30人出演してすばらしいダンスを見せてくれていますので、是非ともご期待ください。今後とも宜しくお願いいたします。

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